イヌの能力と習性-(1)犬の嗅覚が鋭いわけは?

(1)犬の嗅覚が鋭いわけは?

犬の感覚器官の中で、もっとも鋭いのが「嗅覚」です。実験では、人間がわかる限度まで薄めた酢酸をさらに1億倍まで薄めても、犬は感知できたと報告されています。

匂いを感知する嗅細胞(きゅうさいぼう)のある鼻腔内(びこうない)の嗅上皮(きゅうじょうひ)の面積は、人間ではわずかに7c㎡ぐらい、切手くらいの大きさですが、嗅覚が鋭い犬種では、広げると390c㎡(人間の50倍)にもなります。

人間の鼻の嗅細胞は一層の配列で約500万個あります。犬では数層の配列があり、嗅覚が優れていると言われるシェパードやラブラドール・レトリバーなどでは2億2,000万個、ダックスフントでも1億2,000万個もの嗅覚細胞があると言われます。

また、犬の場合、鼻腔の血管系が発達していて、大脳皮質の嗅覚野が大きいことなども、人間の1,000万倍~1億倍のにおいを感知できるメカニズムだと考えられています。

人でも犬でも脳の下の方には、ふたつの神経細胞のかたまりがあります。それが、嗅球と呼ばれる匂いの解読センターです。犬は、匂いを嗅ぐときには、呼吸を止めていて、匂いを含んだ空気は、犬の鼻腔の中にある骨でできた棚のような部分に封じ込まれます。息を吐き出したときに、匂いが逃げないようになっているのです。

人間の場合には、嗅球はわずか1.5gほどの小さな突起に過ぎませんが、中型犬では、人間の4倍に当たる6gほどの大きさがあります。犬の脳は人間の1/10の大きさですから、犬の嗅球が脳に占める大きさは、人間の40倍ということになります。

犬は、左右の鼻孔をべつべつに動かして、匂いが来た方向を探ることができると言われます。

また、犬の鼻には、匂いを嗅ぐための特別な機能が備わっています。

犬の鼻には、たくさんの粘液の分泌腺があります。中型犬では、1日に約0.5リットルもの粘液が分泌されると言われます。

この粘液は、主に、匂いの分子を集める役割を果たしていると考えられています。匂いの分子は、犬の鼻にある粘液の水分に吸着して、鼻の中にある細かい毛に送られて、鼻腔の奥に運ばれて行きます。そして、匂いを感じ取る細胞の近くに、集められるのです。

臭いを嗅ぎ分ける能力が高い犬種には、バセットハウンド、ブラッドハウンド、ビーグルで、嗅覚ハウンドグループと呼ばれています。

犬種によって、臭いの嗅ぎ方には違いがあります。ビーグルやシェパードは、地面を嗅ぎながら、獲物を追いかける間接型、「トラッキング」とも呼ばれます。ポインターやセッターは、空気中に浮遊する臭い分子を嗅いで、獲物を追いかける直接型、「エアー・センティング」です。

間接型と直接型の違いは、その犬種が目的としていた仕事の違いによって生じたものと考えられます。

ビーグルは、キツネ狩りの犬で、キツネが通った痕跡を追いかけて、隠れているキツネを探し出す仕事をしていましたし、ポインターなどの鳥猟犬は、近くにいる鳥の臭いを直接嗅ぎ分けて、その場所を狩人に知らせていたのです。

ブラッド・ハウンドのような長く垂れた耳をもっている犬種は、抜群の嗅覚を持っています。垂れた耳が左右に揺れて、皮膚のカスなどの臭いのもとを舞い上げて、わずかな臭いでも鼻腔に運べるからだという説もあります。

犬が人間の足跡を追えるのは、地面に残された人間の足の裏の分泌線から出る汗のにおい、「揮発性脂肪酸(酪酸)」という成分を嗅ぎとることができるからです。

人間は、1日に約800ccの汗をかくと言われますが、その約2%の16ccが片方の足の裏から分泌されます。靴底に染み込んだ汗の臭いは、歩くたびに地面にスタンプされます。犯罪捜査を手伝う警察犬は、犯人がゴム靴を履いている場合よりも、においがもれやすい布製や皮製の靴を履いている場合の方が追跡がしやすいそうです。

人間の身体からは、毎日、5000万個の皮膚細胞が剥がれ落ちています。どこに行こうと、皮膚のカスをばら撒いているので、それに含まれるわずかな臭いを、犬は嗅ぎ取ることができるのです。

犬は、人のガンの臭いを嗅ぎ分けることができるという研究結果も発表されています。

7頭の犬に膀胱ガンの患者の尿を嗅ぎ分ける訓練をしたところ、41%の成功率だったというものです。そして、その中の1頭、コッカースパニエルは56%の確率でガン患者の尿を識別できたそうです。

ココアという10歳のプードルが、飼い主の69歳になる女性の右胸に前足をかけて、そのあたりをクンクンと嗅ぎ始めました。飼い主が止めさせると、今度は部屋の反対側から走ってきて、全体重をかけて女性の右胸にぶつかってきました。

女性は、あまりの痛さに悲鳴を上げましたが、単にぶつかっただけにしては、ひどい痛みだったので、それからまもなくして、精密検査を受けました。そして、乳ガンが発見されたのです。

ココアがそんな奇妙なふるまいをしたことは、それまで一度もなかったので、女性は、ココアには、乳ガンが分かっていたのではないかと述懐しています。(「動物たちの贈り物」 ダイヤモンド社刊より)

犬は、その優れた嗅覚を活用するいろいろな仕事に就いています。

アフリカのあるホテルに泊まった男性が、外出から帰ってきて、自分の部屋に行こうとしたときのことです。大きなニューファンドランド犬が、フロントのカウンターの後から、彼のあとについてきました。

彼が部屋に着いて、キーでドアを開けたとたん、その犬が脇をすり抜けて、部屋の中に飛び込んでいったのです。そして、すでに運びこまれていた彼の荷物のところまで行って、その匂いを嗅ぎ、戻ってきて彼の匂いを嗅いだのです。それをもう一度繰り返してから、その犬は、しっぽを振りながら、部屋を出て行きました。

そのホテルでは、犬が見張りをするようになってから、盗難は全くなくなったそうです。

オランダやデンマークでは、犬の嗅覚は、地下のガス漏れの検出に使われています。ガス漏れが舗装道路の下でも、地下2~3メートルの深さであっても、高性能の検査装置よりもはるかに確実に、パイプの破損箇所を探し当てることができるそうです。

(参考資料 「匂いの謎」 渋谷達明著 八坂書房刊)

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