コンパニオン・ドッグ-(2)人間社会のルールを守る

人間社会のルールを守れることが、コンパニオン・ドッグの条件

「飼い主を見れば犬が分かる、犬を見れば飼い主が分かる」という言葉がありますが、「子どもは親に似る」というのと同じで、育てた人に犬は似てきます。

家にもらわれてくる子犬は、人間社会のルールのなかで生きることを学ばなければ、幸せになることはできません。人が犬を飼う目的はさまざまですが、縄文時代から変わらない、犬と人間の関わりの本質は、犬が人間の生活の手助けをするという「純粋なパートナーシップ」なのです。

「犬は家族の一員」と言うことがありますが、犬には人のパートナーとして、許されること、許されないことの境界線がはっきりあります。

その境界線の引き方は実はそんなに難しいことではなく、犬の健康や生きていく上で障害になるようなことをさせないということです。つまみ食いを許せば肥満になる、ワンワンうるさく吠えれば近隣から苦情がでるといった好ましくないことに対しては、飼い主は叱ってやめさせなければならないのです。

人間とともに生きるためのルールを犬に教えるのは、飼い主です。「人に危害を加えないこと」、「犬自身の生命をまもること」を基本として、普通の生活に困らない程度のルールやマナーを教えること、それが「しつけ」なのです。

大切なことは、しつけは飼い主の責任で行うもの、他力本願では犬はしつけられないということです。しつけのマニュアル本を鵜呑みにしたり、トレーナーまかせにするのではなく、自分の犬のしつけは自分で考えて、実行するものです。誰かに責任転嫁できるものではありません。

犬が、コンパニオン・ドッグと呼ばれるようになるのは、人間社会のルールの中で生きる術を身につけられた時です。犬の性質、性格には持って生まれ持ったものもありますが、飼い主によって後天的に身につく部分も大きいのです。

欧米ではペットが従順ではないということは飼い主の恥という考え方をしますが、日本では「何もそこまで犬をしつけなくても」といった考え方も多く、その根底には「しつけ」イコール「かわいそう」という意識があります。

欧米人は「性悪説」で、日本人は「性善説」だからという指摘もされますが、日本人は、「動物はできるだけ自然なのが良い、強制的に管理するのはかわいそう」と考える傾向があるからです。

「しつけて管理する」という考え方が、日本人の感覚には合いにくいとしても、犬と人とのつきあいに一定のルールがあること、そしてそれを守らせるためにしつけることは、社会的動物である犬にとって、幸せにつながることだということを理解しなければなりません。犬と一緒に暮らすには、社会的な「たしなみ」が必要なのです。

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