人はなぜ犬を飼うのか-(7)犬は食用だった?

●犬は食用だった?

犬はやがて、狩猟の手伝いをしたり、番犬という役割を担うようになるのですが、実は、人間が犬を飼うのには、もっと根源的な目的もありました。それは、家畜として食べるために飼うというものです。

犬を食べる習慣は、今でもアジアの国々に広く残っています。

ロシアの森林伐採に出稼ぎしている北朝鮮の労働者が宿舎で2頭の子犬を飼っている映像が流れました。零下50℃にもなる極寒の地で、3年間にもわたり木を伐採し続ける過酷な労働に従事する北朝鮮の労働者を紹介する番組でしたが、その中で、労働者のひとりが犬を飼っている理由を尋ねられて、「食べるためだ。10ヶ月ぐらい育てて、食べる。煮て食べるんだ。」と淡々と答えていました。

お隣の韓国でも、犬を食べる食習慣があります。スタミナをつけて暑さを乗り切るための「暑気払い」として食べられているのが、「補身湯」(ポシシンタン)という伝統料理です。

「韓国人と犬肉」の著者、忠清大学教授・安龍根(アンヨングン)氏は、次のように述べています。

「犬肉は大変優れた高タンパク食品です。脂肪も豚肉や牛肉よりも何十倍も消化されやすい構造をしています。また、コレステロールが非常に少ないので、ダイエットにもいいんです。昔は、大病をした後、お医者さんから『犬を1頭潰して食べなさい』と言われたものです。

1988年のソウルオリンピックの時には、欧米の動物愛護団体に配慮して、ソウルの犬肉料理店に目印の真っ赤な看板をはずさせ、人目につく表通りの店は臨時休業させたそうです。また、精肉店には、ひと塊につき200ドルで売っている犬の肉を、陳列棚から引っ込めさせたのです。

韓国では、犬肉を食用とすることを容認する法律も禁止する法律もなく、暗黙の食習慣となっているため、1991年に韓国国会で犬肉を食用肉として認める法案の討議に入りましたが、女優で動物愛護運動家のフランス人、ブリジット・バルドーさんからの抗議で頓挫しました。

しかし、2002年のサッカーのワールド・カップにあたっては、強気の姿勢で、国際サッカー連盟の犬肉料理の追放要求に対して、「一度のW杯のために古くからの韓国の食文化を変えるわけにはいかない」と突っぱねました。

2008年5月にソウル市が、犬肉の衛生検査を実施する方針を打ち出しました。牛や鶏などと違って、犬は法律上は家畜にはならず、そのため、犬肉には検疫などが義務づけられていません。これまで、犬肉を食べる習慣が根強く残っているにもかかわらず、犬肉処理は野放し状態だったのです。

そこで、ソウル市は、「市内で530軒の食堂が犬肉を使った料理を提供している現状を踏まえ、衛生管理をする必要がある」という理由で、市内の食堂で使われている犬肉に対して、抗生物質の残留や微生物の混入の有無などの衛生検査に踏み切ることにしました。

このような措置に対して、韓国動物保護協会は、「犬肉への検査は、ソウル市が犬肉を食べる習慣に、お墨付きを与えることになる。国際的にペットとして認知されている犬を、食肉とする習慣は、韓国のイメージを悪くする」と反発しています。

しかし、韓国の有識者のなかには、韓国に対しての犬肉食への執拗な抗議は、牛肉生産国が韓国の犬肉の消費量を抑えて、もっと牛肉の輸入量を増やさせようという意図があるのではないかと指摘している人もいます。

「私を食べないで」と書かれたプラカードを下げた犬を抱えての抗議デモ

韓国犬肉論争

藤堂明保著「漢字の起源」(現代出版刊)には、「献上する」の「献」という字に「犬」が使われているのは、立派な容器で犬の肉を煮て、貴人に差し上げるごちそうを意味したことから来ていると記されています。

中国の広州では、現在でも犬の肉が食べられています。「食材は広州にあり」と言われ、サル、ハクビシン、センザンコウ、サンショウウオ、ニシキヘビなども食べられている地で、犬肉を土鍋で煮込んだり、野菜と炒めて食べています。

中国では、犬の肉には夏の暑さを乗り切る薬効があり、呼吸器の病気にも効くと信じられています。チャウチャウは中国に2,000年以上も前からいた土着犬ですが、食用として飼われていました。

ヨーロッパからきたご婦人が香港のレストランで食事をした時のことです。

ご婦人は連れていった愛犬にもえさを食べさせたいと思って、ウェイターに「この子にも何かおいしいものを食べさせてあげて」と頼みました。犬はえさをもらうためにレストランの厨房に連れて行かれました。そして、何かのまちがいで、おいしい料理になって出された犬を見て、ご婦人は気絶しました。

中国では、歴史上で犬の生息数が急減した時期があります。飢饉の時に犬が非常食として食べられたためですが、毛沢東が「犬を飼うことはブルジョワ的堕落だ」と非難したために、1950年代から60年代にかけて、愛玩犬には重税が課され、定期的に大量殺戮された時期もありました。その後、80年代から90年代には、都市に住む中流層が競ってまた犬を飼いはじめました。

フィリピンでは、表向きは犬肉が禁止されていますが、密売された犬が食べられていますし、インドネシアの一部やベトナムでは、犬肉料理はいまだに伝統料理です。ネイティブアメリカン(インディアン)にも犬食の文化がありました。

日本でも、大陸伝来の習慣で、古くから犬は食用にされていました。天武天皇の治世に出されたとされる肉食禁止令(676年)では、牛、馬、猿、鶏、そして犬の5種類の肉食を禁じています。

近藤弘著「日本人の味覚」(中公新書刊)によれば、犬の肉の味は、薩摩では、「一白、二赤、三黒、四ぶち、五虎、六ペー(灰)」の順であったとされています。薩摩では、内臓を抜いた子犬の腹に米を詰め、かまどのたき火で焼いた「えのころ飯」が近代まで食べられていました。また、東北地方には赤犬の肉を食べさせる店があって、「だいてん」という屋号です。「大」に「てん」をつけると「犬」という字になります。

犬を愛玩動物、伴侶動物とみなしている人にとっては、「犬を食べるなんて、とんでもない」ことですが、だからと言って、犬肉を日常的に食べている地域の人に「犬を食べるなんて野蛮だ」と言って、それをやめさせるなどということはできません。

それは、その地域の人が継承してきた食文化に対する外部からの干渉になるからです。犬を食べる食習慣をもつ人々にとって、犬食いは何ら心理的な抵抗を生じるようなものではありません。

(参考資料)

世界屠畜紀行 内澤旬子著 解放出版社刊

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