しつけができない-(1)かわいそう

かわいそうで犬をしつけられない飼い主の心理

●「かわいそう」と思ってしまう日本人

人は無意識に、相手が犬であっても、自分が持つ「人間としての感覚」で考えてしまうので、「こんなふうにされたら、自分だったら嫌だろうな」と思うと、「かわいそう」で、犬をしつけられなくなるのです。

日本では、「盲導犬は視覚障害者のために働かされるので、早死にしてしまうらしい」といった話がまことしやかに語られます。

盲導犬として働く期間は8年~10年で、盲人の安全や犬の身体的な負担を考慮して退役させた後は、退役犬の飼育ボランティアの元で余生を過ごし、犬の平均寿命の14歳ぐらいまでは、十分に生きるそうです。

盲導犬に対して、一般の人たちがどんなイメージを持っているかを調べたアンケート(1999年全国盲導犬施設連合会)では、「盲導犬はえらい」が約90%、「かわいそう」が約14%という結果が出ています。

複数回答ということもあり、「えらい」という回答には、「自由に歩きたいのをがまんしていてえらい」というニュアンスも含まれているようで、微妙に「かわいそう」とオーバーラップしているのではないかと分析されています。

視覚障害者にとって、盲導犬は一緒に暮らす仲間であるとともに、「白い杖」のかわりに「道具」として割り切って使うという意識を持たなければならないものです。

ハーネス(胴輪)をつけてユーザーのために働いている時の盲導犬は、かわいがる対象としての「ペット」ではありません。

にもかかわらず、通行人が仕事中の盲導犬に食べ物を与えようとするのを断ったりすると、「大事にしていない」とか「かわいそう」と非難されるそうです。しかも、そのような「けじめを理解してくれない」人には、犬好きの飼い主が多いということです。

一般の人の盲導犬に対する困った対応や誤解は、福祉の立場からの盲導犬に与えられた役割に対する理解不足ということの他に、人と動物との間の「距離」や「けじめ」というものを、愛犬家と呼ばれる人たちが分かっていない、持ち合わせていないということも影響しています。

日本人の国民性としての「やさしさ」ゆえに、「かわいそう」と思ってしまうのかもしれないのですが、全く違うものであるはずの「愛情」と「憐憫の情」、「しつけ」と「いじめ」との間に、きちんとした境界線が引けていないのが問題です。

日本人は野生の動物に対して、欧米のように「積極的に動物を手なずけて利用する」ということではなく、「敬して遠ざける」、「お互いに干渉することなく、棲み分けをする」というつきあい方をしてきました。それが潜在意識として残っているために、人と動物の間に一線を画すことができないと考えられています。

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