しつけができない-(2)宗教的な動物観の違い

●宗教的な動物観 - キリスト教の動物観と仏教の動物観の違い-

「人はこの世の生きものの支配権を神から与えられた」とするキリスト教の教えに従って、欧米人には、「人間は動物に優越するもの」、「動物は神から与えられた食べ物」という考え方が根本的にあるので、家畜を使役や食肉として利用することに何ら罪悪感を持たないと言われています。

そのため、動物愛護の考え方も、「動物が生きている間は、苦痛を与えてはならない」というものです。

欧米の飼い主が、「ペットが重病になった時には、苦痛を長引かせるよりは安楽死を選ぶ」のをそれほど迷わないというのも、そのようなバックグラウンドがあるからだとされます。

欧米では、「人間と動物の間には、高い垣根がある」という考え方が、人と動物との関係の基本なのです。

日本では、仏教が国教として定着したとされる7世紀後半から、長い間、動物の殺生を禁じ、肉食を嫌うという歴史がありました。

仏教には、5つの戒めがあり、その一番目が「不殺生戒」で、「生きとし生けるものを殺すなかれ」というものです。「生きているものを全て尊重し、すすんでこれを殺したり、傷つけたりしてはならない」という教えです。

また、「輪廻転生(りんねてんしょう)」という考え方があって、それは「人の霊魂はいろいろな動物の肉体に宿って再生する(輪廻)」とする思想です。

「一寸の虫にも五分の魂」ということわざが示すように、人と動物を不連続だとは見なさないのです。

これらの教えが、潜在的に日本人の動物観に沁み込んでいると考えられます。食事の時に、「いただきます」と言うのも、「私の命を支えていただくために尊い命をいただきます」というところから来ているのです。

日本人が「かわいそう」と思ってしまう心理は、1000年以上にわたって「命あるものは平等である」という仏教の教えがに深く刷り込まれた結果で、人間と動物を分け隔てなく考えてしまうためということであれば、それを欧米的な考え方に覆そうとしても、一朝一夕にはいかないわけです。

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