しつけができない-(3)しつけができない日本人

●しつけができない日本人

日本では、「和をもって尊しとなす」という言葉があって、「なにごとも穏便に、波風をたてずに解決することが望ましい」とされますが、その考え方が「かわいそうで、犬をしつけられない」という心理に通ずるのではないかと思われます。犬に対しても「和をもって尊しとなす」なのです。

日本は高文脈社会(単一民族国家)で、その場の状況や人間関係などの雰囲気から情報を読み取ることができる「情・和」の社会です。

直観力が豊かな国民性であり、「あうんの呼吸」「顔色を読む」「気持ちを察する」などの表現があります。しかし、国際社会では、いざと言う時の「見て見ぬふり」、「口は災いの元」という態度は、甘えや未熟と捉えられることがあるのです。

しつけのできない日本人の姿は、欧米から見れば、飼い主失格ということになるのでしょう。

「しつけができない」というのは、犬に限ったことではありません。子どもに対しても、しつけができない親が多くなっているという指摘があります。

例えば、食卓でのしつけに関して、親は子どもが一度「イヤ!」と言ったものは、「どうせ食べないから」とか「ムダだから」と簡単にあきらめてしまって、「がまんして食べなさい!」ときつく言うようなことがなくなっています。子どもの健康や人間としての成長を考える前に、面倒なことや親子の摩擦や葛藤を避けようとするのです。

子どもに対する「しつけ」を、「押しつけ」や「強制」と同じだと思ってしまう考え方は、全てにおいて、子どもに真正面から向かい合うことを避けるという姿勢をとりがちです。

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